メンタルヘルスコラム

EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)とは|効果・適応・治療の流れを解説

  • 更新日:2026.09.29
  • 公開日:2026.09.29

はじめに

EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理法)は、
1987年にFrancine Shapiro博士によって提唱された心理療法です。
過去のつらい記憶やストレス体験と強く結びついた苦痛を整理し、
現在の生活への影響を軽減していくことを目指します。

特にPTSD(心的外傷後ストレス障害)に対する心理療法として研究され、
現在ではトラウマに関連するさまざまな症状に対して用いられています。

EMDRのポイント
EMDRは「つらい記憶を消す」治療ではありません。
過去の出来事を思い浮かべながら眼球運動やタッピングなどの左右交互刺激を行い、
その記憶と強く結びついた恐怖、不安、緊張、身体反応などを整理していく心理療法です。

EMDRとは

「昔のことなのに、思い出すと今でも苦しくなる」
「頭では終わった出来事だと分かっているのに、感情や身体が反応してしまう」
ということがあります。

強い恐怖やストレスを伴う出来事では、
出来事そのものは過去になっていても、
そのときの感情、身体感覚、映像、考えなどが強く結びついたまま残ることがあります。

EMDRでは、そのような記憶に安全に配慮しながら意識を向け、
眼球運動やタッピングなどの
左右交互刺激(bilateral stimulation)
を用いて記憶の再処理を促していきます。

正式名称

Eye Movement Desensitization and Reprocessing
日本語名称

眼球運動による脱感作と再処理法
開発

Francine Shapiro/1987年
主な対象

PTSD・トラウマ関連症状
理論的基盤

適応的情報処理(AIP)モデル
主な技法

記憶へのアクセス+左右交互刺激

EMDRの作用機序|適応的情報処理(AIP)モデル

EMDRでは、
人には本来、体験した出来事を自然に整理し、
その人にとって適応的な形で記憶へ統合していく働きがあると考えます。

この考え方を
適応的情報処理(Adaptive Information Processing:AIP)モデル
と呼びます。

通常の記憶処理

日常の体験では、
出来事に伴う映像、音声、感情、身体感覚、考えなどが、
過去の経験や現在の知識と結びつきながら整理されていきます。

つらい出来事であっても、
十分に情報処理が進めば、
「それは過去に起こった出来事である」
という形で現在の経験と区別できるようになります。

正常な適応的情報処理 AIPモデル
通常は、体験した出来事が既存の記憶や経験と結びつきながら整理され、
過去の出来事として統合されていきます。

強いトラウマでは情報処理が滞ることがある

一方、
非常に強い恐怖やストレス、圧倒されるような体験では、
こうした情報処理が十分に進まないことがあります。

その結果、
当時の感情、身体感覚、映像、
「自分は無力だ」「自分が悪い」といった考えなどが、
十分に整理されないまま強く結びついて残ることがあります。

トラウマ体験によって適応的情報処理が滞ったAIPモデル
強いストレスやトラウマ体験では、情報処理が十分に進まず、
当時の感情・身体感覚・考えなどが未整理のまま残ることがあります。


強いストレス・トラウマ体験


→


情報処理が十分に進まない


→


感情・身体感覚・記憶が強く結びつく


→


現在も強く反応する

そのため、
「終わった出来事だと頭では理解しているのに、
感情や身体だけが今も危険であるかのように反応する」
という状態が生じることがあります。

EMDRでは記憶の再処理を促す

EMDRでは、
こうした未整理の記憶へ安全に配慮しながら意識を向け、
眼球運動やタッピングなどの左右交互刺激を行います。

その過程で、
記憶と感情、身体感覚、考え方などの結びつきが変化し、
過去の出来事を現在の安全な状況から整理し直すことを目指します。


記憶に安全にアクセス


→


左右交互刺激


→


記憶・感情・身体感覚の再処理


→


現在への影響を軽減


「忘れる」のではなく、「過去にする」ことを目指します

EMDRによって体験そのものがなくなるわけではありません。

思い出したときに、
あたかも今まさに起きている出来事のように反応する状態から、
「過去に起こった出来事」として受け止められる状態へ近づけていきます。

EMDRに関する脳画像研究では、
治療前後で恐怖や警戒反応、
感情調節などに関係する脳領域の活動変化が報告されています。

ただし、
EMDRによって効果が生じる詳細な神経生物学的メカニズムについては、
現在も研究が続いています。

EMDRにはどのような効果が期待される?

 

 

EMDRに期待される効果

 

EMDRでは、トラウマ記憶と結びついた過剰な心理・身体反応の軽減を目指します。

EMDRの効果を検証した研究では、
PTSD症状に対する有効性が報告されています。

また研究によっては、
不安症状、抑うつ症状、
主観的な苦痛などの改善も報告されています。


EMDRは「記憶を消す治療」ではありません

過去の出来事そのものがなくなるわけではありません。

その記憶と強く結びついていた恐怖、不安、罪悪感、無力感、
身体の緊張などの反応を和らげることを目指します。

治療が進むことで、
「思い出しても以前ほど苦しくない」
「今起きていることではなく、過去の出来事として感じられる」
といった変化が生じる場合があります。

現在ではPTSDだけでなく、
医療に関連したトラウマ、
いじめやハラスメント、
事故・災害、
喪失体験など、
さまざまなつらい体験に関連する症状に対して応用されています。

EMDRの適応|どのような体験を扱う?

EMDRでは、
現在も心理的・身体的な苦痛につながっている過去の体験を扱います。

重大な事故・怪我交通事故や重い怪我など、
生命や身体の安全を脅かされた体験。

喪失体験大切な人や存在との別れなど、
強い心理的苦痛を伴う体験。

被災体験地震、火災、災害など、
強い恐怖を伴った体験。

虐待・ネグレクト過去の虐待や養育環境に関連して、
現在も強い反応が残っている場合。

いじめ体験学校や集団生活で経験したいじめなどが、
現在の自己評価や対人関係に影響している場合。

ハラスメント体験職場や人間関係で受けたハラスメントなどが、
現在も心理的負担となっている場合。

EMDRでは、
これらの出来事を「消す」のではなく、
その記憶と強く結びついてしまった恐怖、不安、
緊張などの反応を整理していきます。

このような方にEMDRが選択肢になることがあります

言語化することが難しいつらい出来事について、
詳細を長時間話し続けることが負担になる方。

考えても整理できない頭では理解していても、
感情の整理が追いつかない感覚がある方。

身体が反応してしまう特定の記憶や場面をきっかけに、
動悸、緊張、恐怖などが強く生じる方。

考え方を変えようとしても苦しい頭では理解できても、
感情や身体反応がなかなか追いつかない方。

他の心理療法で改善が十分でない認知行動療法などに取り組んでも、
過去の記憶に伴う反応が強く残っている方。

過去に振り回されている感覚がある過去の出来事が、
現在の生活や人間関係へ強く影響している方。

EMDRと薬物療法との違い

EMDRと薬物療法は、
どちらか一方が常に優れているという関係ではありません。
主にアプローチする対象が異なります。

比較項目 EMDR 薬物療法
主な対象 つらい体験やトラウマ記憶と結びついた苦痛・反応 不安、抑うつ、不眠、緊張などの症状
アプローチ 記憶に関連する感情・身体反応などの再処理を促す 薬理作用によって症状の軽減や安定化を図る
特徴 トラウマ記憶や過去の出来事が現在へ及ぼす影響を扱う 強い不安、不眠、抑うつなどの症状を直接治療しやすい
併用 症状や生活状況に応じて併用することができます。

PTSDやトラウマ関連症状に、
うつ、不安、不眠などが伴っている場合には、
薬物療法で症状の安定化を図りながらEMDRを進めることもあります。

当院では、
症状の内容や背景、ご本人の希望などを踏まえ、
必要に応じて医師と心理士が連携しながら治療方針を検討します。

EMDRを受ける際の注意点

EMDRでは過去の記憶や感情に意識を向けるため、
治療中や治療後に一時的に疲労感や感情の揺れなどが生じることがあります。

そのため、
現在の心理状態、生活環境、
ストレスへの対処能力などを確認し、
必要に応じて先に安定化を行うことが重要です。


当院でEMDRの実施を見合わせているケース

以下はEMDRそのものの絶対的な医学的禁忌という意味ではなく、
当院における安全な実施のための基準です。

  • 18歳未満の方、または高齢の方
  • 現在も強いストレス環境下にあり、心身の安全や生活基盤が十分に安定していない方
  • アルコール・薬物・ギャンブルなどの依存症状が強い方
  • 強い解離症状がみられる方
  • 重度の希死念慮や、自傷行為の切迫性が高い方
  • 著しい感情不安定さや衝動性があり、十分なストレス対処が確立していない方
  • 重度の抑うつ、躁状態、幻覚・妄想など急性期の精神症状が強い方

その他、
医師または担当心理士が現時点での実施が適切ではないと判断した場合には、
先に別の治療や安定化を優先することがあります。

当院のEMDRの特徴

ライトメンタルクリニックのEMDRの特徴
当院では、安全性を重視しながら段階的にEMDRを進めています。

必要に応じて医師と連携
症状や治療状況に応じて、
心理士だけでなく医師とも連携しながら治療を進めます。


段階的に進め、安全性を重視
すぐに強い記憶へ踏み込むのではなく、
現在の状態を確認しながら無理のないペースで進めます。


EMDRだけに限定しない
状態や治療目標に応じて、
ほかの心理療法、環境調整、
薬物療法なども組み合わせます。

EMDRを進めるペースは一律ではありません。
現在の症状、
扱う体験の性質、
生活状況などを確認しながら、
一人ひとりに合わせて調整します。

よくある質問

EMDRは本当に効果があるのでしょうか?

EMDRは1980年代後半に提唱され、
その後PTSDを中心として多数の臨床研究が行われてきた心理療法です。

一方で、
EMDRが効果を生じる詳細なメカニズムについては、
現在も研究が続いています。

当院でも「万能な治療」としてではなく、
状態や目的に応じた治療選択肢の一つとして位置づけています。

EMDRで記憶が書き換わったりしませんか?

EMDRは、
出来事そのものを消したり、
事実を書き換えたりすることを目的とした治療ではありません。

つらい記憶と強く結びついた恐怖、不安、
緊張などを整理し、
「今も続いている危険」ではなく、
「過去の出来事」として受け止め直していくことを目指します。

EMDRは催眠療法ですか?

いいえ。
EMDRは催眠療法とは異なります。

セッション中も意識は保たれており、
眠った状態になったり、
意思をコントロールされたりする治療ではありません。

つらい記憶を詳しく話さなければいけませんか?

必ずしも、
出来事の詳細を長時間説明する必要はありません。

EMDRでは、
「何があったか」を詳しく語ることだけではなく、
その記憶に伴う感情や身体反応などにも焦点を当てます。

EMDRは他の心理療法より負担が大きいですか?

過去の記憶や感情へ意識を向けるため、
一時的に疲労感や感情の揺れが強くなる場合があります。

当院では十分な準備と安全確認を行い、
無理のないペースで進めます。

どれくらい通えば効果が期待できますか?

必要な回数は、
扱う体験の種類、
症状の程度、
トラウマの複雑さ、
現在の生活状況などによって大きく異なります。

比較的単一の出来事を扱う場合には短期間で改善がみられることもありますが、
長期間にわたる対人トラウマや複数の体験が関係している場合には、
より長い期間が必要となることがあります。

EMDRだけで治療を進めるのでしょうか?

いいえ。
EMDRだけに限定して治療を進めるわけではありません。

状態に応じて、
認知行動療法(CBT)、
支持的精神療法、
環境調整、
薬物療法、
リラクゼーション技法などを組み合わせる場合があります。

まとめ

EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)は、
過去のつらい体験と強く結びついた恐怖、不安、緊張、
身体反応などを整理していく心理療法です。

特にPTSDに対する有効性について研究が蓄積されており、
現在ではトラウマに関連するさまざまな症状に応用されています。

EMDRでは、
記憶そのものを消すことではなく、
過去の出来事が現在へ及ぼす影響を軽減し、
「過去の出来事」として整理できる状態へ近づけることを目指します。

一方で、
過去の記憶へ意識を向ける過程では心理的負荷が生じる場合があります。
そのため、
現在の安全性や症状、
生活状況を確認しながら段階的に進めることが重要です。

当院ではEMDRだけに限定せず、
必要に応じて他の心理療法や薬物療法なども組み合わせながら、
一人ひとりの状態に合わせた支援を行います。

執筆者

執筆者

執筆者 清水聖童

医療法人社団燈心会 理事長
ライトメンタルクリニック 渋谷本院 院長

清水聖童 (Seido Shimizu)

精神保健指定医 /
日本精神神経学会認定精神科専門医 /
認知症サポート医 /
コンサータ・ビバンセ登録医

引用・参考文献

1. Shapiro F. Eye movement desensitization: a new treatment for post-traumatic stress disorder. Journal of Behavior Therapy and Experimental Psychiatry. 1989;20(3):211-217.

2. Shapiro F. Eye Movement Desensitization and Reprocessing (EMDR) Therapy: Basic Principles, Protocols, and Procedures. 3rd ed. Guilford Press; 2018.

3. World Health Organization. Guidelines for the Management of Conditions Specifically Related to Stress. World Health Organization; 2013.

4. American Psychological Association. Clinical Practice Guideline for the Treatment of Posttraumatic Stress Disorder (PTSD) in Adults. 2017.

5. Cuijpers P, Veen SC, Sijbrandij M, Yoder W, Cristea IA. Eye movement desensitization and reprocessing for mental health problems: a systematic review and meta-analysis. Cognitive Behaviour Therapy. 2020;49(3):165-180.

6. Marcus SV, Marquis P, Sakai C. Controlled study of treatment of PTSD using EMDR in an HMO setting. Psychotherapy. 1997;34(3):307-315.

7. Marcus SV, Marquis P, Sakai C. Three- and 6-month follow-up of EMDR treatment of PTSD in an HMO setting. International Journal of Stress Management. 2004;11(3):195-208.

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