機能性神経症状症(変換症)とは
機能性神経学的症状症(変換症)とは
1. 概要
機能性神経学的症状症(変換症)は、運動機能や感覚機能の異常を呈するものの、器質的な疾患や神経学的損傷が認められない疾患です。一般的には失声、視覚障害、歩行障害、発作などの症状が現れ、精神的ストレスや心理的要因と関連していると考えられています。有病率は一般人口の約0.5~1%とされ、神経科や精神科を受診する患者の中ではより高頻度に認められます。女性は男性よりも2〜3倍発症率が高く、発症のピークは青年期から中年期にかけてみられ、発症の平均年齢は30歳代です。症状の性差として、痙攣は女性に、麻痺は男性に多いです。本疾患の経過は多様であり、70〜90%以上の患者は数日~1ヶ月以内に症状が回復しますが、20〜30%は慢性化するとされています。症状はストレスや心理的要因と関連し、発症後の適切な対応が予後を左右します。併存症として、約90%に不安障害やうつ病、心的外傷後ストレス障害(PTSD)など他の疾患の合併がみられます。
2. 原因
変換症の発症には、心理的要因、神経生物学的要因、学習理論的要因が関与していると考えられています。心理的なストレスやトラウマが発症の大きな誘因となることが多く、家庭内の葛藤や職場でのストレス、虐待経験、戦争や災害の影響などが関与していることが報告されています。ストレスが誘因となって記憶の喪失や人格交代、離人、現実喪失感などが生じる精神疾患である解離症の併存が30〜50%見られるため、共通の病態であると考えられています。解離症と転換症はともにストレス耐性の低い患者に生じやすいため、発達障害の併存も少なくありません。
神経生物学的には、機能的脳画像研究において、変換症の患者では感覚・運動皮質と辺縁系の異常な相互作用が示唆されています。特に、前頭前野と扁桃体の活動異常が認められており、これが症状の発現に関与している可能性があるとされています。また、機能的MRI(fMRI)を用いた研究では、運動機能を司る皮質間ネットワークが通常とは異なるパターンを示しており、神経ネットワークの異常が症状の発現に影響を与えている可能性があると考えられています。
さらに、行動心理学の観点からは、過去の病気や怪我の経験が条件付けの影響を及ぼし、特定の状況で類似した症状が誘発されることが指摘されています。また、変換症の症状が無意識的であるにもかかわらず、周囲の注意を引いたり、仕事や学校を休むことができるといった無意識のメリット(二次的利得)が関与するケースもあるとされています。
3. 診断
変換症の診断には、随意運動機能や感覚機能に影響を及ぼす神経学的症状が1つ以上存在し、それが既存の神経疾患や医学的状態では完全に説明できないことが求められます。また、臨床評価において心理的ストレスや特定のライフイベントとの関連が示唆されることが多く、症状によって患者の日常生活や職業的な機能が著しく障害されていることが特徴です。神経学的症状に対する葛藤は認めない事が多いことが特徴的です(満ち足りた無関心)。下記の診断基準を満たす場合に診断となります。
①運動や感覚機能の異常(例:手足が動かない、視力が失われる等)が1つ以上存在し、医学的に説明できない。
②意図的にその症状を演じているわけではない。
③他の医学的疾患や精神疾患ではうまく説明できない。
変換症を診断する際には、脳卒中やてんかん、多発性硬化症(MS)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経疾患との鑑別が必要となります。特に、機能性発作とてんかんの区別には脳波検査(EEG)が有効です。脳血管障害、頚椎症や坐骨神経痛との鑑別ではMRIや神経伝導検査(NCS)を用いて器質的な異常が存在しないことを確認することが不可欠です。
4. 治療
変換症の治療においては、心理療法が第一選択とされています。解釈や直面化に伴う心理負荷に耐えられない症例が多いため、支持的精神療法が中心となる事が多いです。過去のトラウマが関与している場合には、眼球運動による脱感作と再処理療法(EMDR)や持続暴露療法(PE)などのトラウマフォーカス療法が有効とされていますが、支持的精神療法などでストレス耐性が高まり、治療者との信頼関係が構築された上で行うことが推奨されます。家族などの周囲の支援者には、この病態が詐病や甘えではなく高度の不安感から生じているものであり、その一方で過度に受容的になることでも症状が固定ないし悪化する危険があるため、ゆっくりと自立を促す必要があることを理解してもらう必要があります。
薬物療法は補助的な治療として用いられますが、変換症そのものを治療する特定の薬は存在しません。ただし、併存する精神疾患(うつ病や不安障害)に対しては、抗うつ薬(SSRI、SNRI)や抗不安薬が処方されることがあります。ただしベンゾジアセピン系抗不安薬は、意識レベルを下げて解離傾向を強め症状を悪化させる危険があるため、最小限に使用する必要があります。痙攣発作や自傷などの衝動行為がある場合は、抗精神病薬を用いて鎮静を図ることが優先されます。また、運動障害がみられる場合には、理学療法(PT)や作業療法(OT)が推奨されており、リハビリテーションで意識的な努力よりも無意識的に正常な動作を引き出すアプローチが有効であると考えられています。
変換症の予後については、急性発症(数週間以内)の場合には適切な治療を受けることで約70〜90%が回復するとされています。しかし、慢性化した場合には回復率が低下し、約20〜30%の患者が持続的な症状を呈すると報告されています。特に、症状が6か月以上継続した場合には予後が不良となるため、早期の診断と治療が重要です。他にも疾病利得(病気であることで得をする)の存在、訴訟が絡む、パーソナリティ障害が併存したりすると、治療の難治化の要因となります。治療には精神科医、神経内科医、心理士、理学療法士などの多職種が関与する包括的なアプローチが推奨されています。