【精神科専門医が解説】tDCS、2024年最新の知見。TMSとの違いは?

非薬物療法の新しいアプローチ!ニューロモジュレーション

精神科・心療内科の保険診療の主軸は、薬物療法です。

しかし、薬物療法の副作用に対して不安・恐怖心が強い方もおり、

中には「薬を飲むくらいなら死んでしまった方がマシ」という方さえいます。

当院では、そのような方の受診抵抗を減らす試みの1つとして、非薬物療法の充実を図っています。

薬物療法以外の治療選択として、非侵襲性脳刺激(NIBS)があります。

これば、脳を刺激することで機能を調節し、精神症状を改善しようとする治療であり、

電気痙攣療法(ECT)、経頭蓋磁気刺激療法(TMS)、経頭蓋直流電気刺激(tDCS)などがあります。

当院では、低コストかつ自宅で可能な、コロナ禍においても有用な治療ツールとして、

tDCSを臨床応用しています。

 

<tDCSの使用イメージ>

 

私がtDCS研究に関わった事があり、可能性を実際に感じていたことも導入に踏み切った理由の一つです。

 

しかし、tDCSはまだまだ日本に広まっているとは言えません。

他クリニックが導入していない理由として、

まだまだ医療機器としてコンセンサスを得るにはエビデンスの蓄積が不十分であり、

その効果に懐疑的なレビュー論文も報告されているためであると考えられます。

アメリカ食品医薬品局(FDA)も、まだ承認していません。

つまり、まだまだ「ホントに効くの?」という段階だからです。

 

そんなtDCSですが、近年は質の高いエビデンスも次第に蓄積されつつあります。

tDCSの2024年最新の医学的見地は、どのようになっているのでしょうか?

既に日本でも市民権を得てきたTMSとの違いに触れつつ、解説していきます。

 

tDCS、TMSとは?作用機序の違い

経頭蓋磁気刺激療法(TMS)は、コイルを用いて発生させた磁気により誘導電流を発生させ、頭蓋外から非侵襲的に大脳皮質を刺激する方法です。

主として神経細胞の軸索を刺激し、神経機能を調節します。脳梗塞後の麻痺や、様々な精神疾患に対して使用されています。外来で治療可能です。

電気痙攣療法(ECT)は側頭部ないし前頭部から直接脳に電流を流し、人工的にけいれん発作を起こす治療法です。

ECTはそのイメージよりかは安全で、かつ治療効果が高いのですが、静脈麻酔が必要となり入院の必要性があることから、精神科治療の最後の切り札的存在として用いられています。

経頭蓋直流電気刺激(tDCS)は、大脳皮質の表面に直接電極を置き、電気刺激を行う方法です。電極の間に供給された電流は脳層を流れ、シナプスの有効性の変化(可塑性)を引き起こし、神経の構造を変化させ、神経機能を調節できるのだと考えられています。

神経可塑性の背後にあるメカニズムとしては、大脳皮質において様々なタンパク質(BDNF、CaMKⅡ、GluA1など)が誘導、合成されることが文献的に示されています。

 

TMSが特定の脳領域を刺激できるのに対し、tDCSはより浅い部位の、広範囲を刺激するイメージです。

最近では、精神疾患の他、脳卒中やてんかん、運動障害、パーキンソン病、アルツハイマー病に対する臨床応用も研究され、効果が期待されています。

しかし、研究ごとにプロトコルの違いや結果にばらつきがあるため、これまではまとまった結果が出ていませんでした。

 

tDCSは何に効くのか?TMSとの違い

これまで明確なデータが蓄積しておらず、効果が不明瞭だったtDCSも、近年はだいぶデータが蓄積してきました。

TMSとtDCSの精神疾患に対する効果について、最新のレビューをもとに表で示すと、以下のようになります。

有効性の評価に関しては、効果量(実際にどれほど効果的だったのか)と信頼性(データのバラつきがないか)、両者で評価しなければなりません。
◯〜×の記号の意味を以下に記すものとします。

 

 


信頼性があり、かつ効果量が大きいもの:◎
信頼性があり、かつ効果量が中程度のもの:○
エビデンスの蓄積が不十分で、まだ研究段階のもの:?
効果量が小、あるいは信頼性に欠けるもの △
有効性が乏しい事が明らかになりつつあるもの:×


非侵襲性脳刺激に関する208の無作為化試験の系統的レビュー(Joshua Hyde.et al,2022)や、102のメタアナリシスを統括したレビュー(Stella Rosson, et al. 2022)によれば、

TMS、tDCSともに、単極性うつ病に対しての効果や、統合失調症の陰性症状(引きこもりや感情が平板化するなどの症状)に対しての効果は同等に確立している、と言えそうです。

全般性不安障害や強迫性障害、PTSDにもTMSの効果は比較的明確になっています。

tDCSはこの点に関しても、不安障害、PTSDに対する効果を報告した論文のメタ解析が出回りつつあり、

いずれデータの信頼性も増してくるでしょう。

双極性障害のうつ状態に関しては、TMSはデータのばらつきがまだ大きいですが、効果が期待されつつあります。この点もtDCSは、まだデータが十分蓄積してはいません(効果を報告する論文もあります)。

一方、tDCSの方が優れている、と結論つけられている領域もあります。

それは、依存症などの物質使用障害に「物質に対する渇望」に対する効果、および認知機能の改善です。

物質使用障害の渇望に対し、tDCSは異質性がなく、有意な効果量がありました(ただし、Joshua Hyde,et al.2022によると、採択されたランダム化試験が7個しかないため、確実な結論を出すには慎重な解釈が必要であると指摘しています)。

また、うつ病や双極性障害、統合失調症患者など、様々な精神疾患の患者さんに対して、

様々な認知機能(注意、実行機能、作動記憶、処理速度)を評価したところ、統合失調症の作動記憶(ワーキングメモリ)のみ統計的に有用なデータが得られました。

統計的に明確ではありませんでしたが、他の疾患でも認知機能の改善に対してはポジティブな効果が認められており、

今後のデータの蓄積次第では、はっきり有効である、とされる日も来るかもしれません。

なお、ADHDの中核症状(不注意、多動性、衝動性)に関しては、TMSは一部効果があるとする報告はあるものの、

複数の研究を統括すると、TMSは偽薬よりも優れた結果を残せませんでした。一方、tDCSでは効果量が少ないながらも異質性がないデータが蓄積しつつありますが、

まだデータの蓄積が不十分であると言え、今後の報告が待たれます。

また、統合失調症の陽性症状(幻覚・妄想・まとまりに欠けた行動)に対しての効果は、TMS、tDCSともに否定的なことが判明しつつあり、

データ量が多いTMSでは、やや増悪する傾向すら見て取れるとのことです。

そして、これは個人的に面白いと思うところなのですが、

健常者の作業記憶(ワーキングメモリー)を向上させる、というところです。

簡単に言うと、集中力が上がって頭がよくなる、って感じです。

いや、すごいですね。

アメリカでは、tDCSをしながら勉強している人が多くいるようですよ。

 

tDCSの今後

tDCSも様々なプロトコールで検証されていたためか、データに異質性が目立ち、十分効果が出ませんでしたが、

研究が進むごとにプロトコールも洗練されてきたためか、近年は安全性が高い治療法として見直されてきています。

Joshua Hyde,et al.2022は、全体的な考察として、次のように述べています。

「注目すべきは、tDCSの全体的なうつ病に対する効果は、以前の研究で報告されてきたものよりも高く、

薬物療法や精神療法で報告されてきたものと同等である」。

 

これまで、tDCSはECTやTMSの弱体化版、という位置付けでした。

確かに精神疾患に対してはECTやTMSと比較するとデータに異質性があり、また

エビデンスの蓄積が比較的少ないです。

しかし最近は、プロトコルが統一され、データが蓄積してきたためtDCSも見直されつつあります。

tDCSが浸透すれば、

マッサージ感覚で、自宅で気軽にストレスケアができる世の中になるかも知れません。

また、精神医療以外でも、脳梗塞、神経障害での運動障害の改善、認知機能改善にも期待されるtDCS。

COVID下の日本で、自宅で実施可能なtDCSは、きっと世の中に役立つものであると考えています。

 

ちなみに・・・

当院では、オンライン診療でのtDCSを解禁しました!

これにより、自宅から出られない患者さんや、遠方の患者さんも当院のtDCSを試すことができるようになりました。

ご検討ください。

 

【引用・参考文献】
・Chih-Wei Hsu et al.
Comparing different non-invasive brain stimulation interventions for bipolar depression treatment: A network meta-analysis of randomized controlled trials. Neurosci Biobehav Rev. 2024 Jan:156:105483.
・Jose Antonio Camacho-Conde,et al.
Therapeutic potential of brain stimulation techniques in the treatment of mental, psychiatric, and cognitive disorders.CNS Neurosci Ther . 2023 Jan;29(1):8-23.
・Joshua Hyde,et al.Efficacy of neurostimulation across mental disorders: systematic review and meta-analysis of 208 randomized controlled trials Molecular Psychiatry volume 27, pages 2709–2719 2022.
・Luxin Xie et al.
Immediate and long-term efficacy of transcranial direct current stimulation (tCDS) in obsessive-compulsive disorder, posttraumatic stress disorder and anxiety disorders: a systematic review and meta-analysis. Translational Psychiatry volume 14, Article number: 343  2024  
・Stella Rosson et al. Brain stimulation and other biological non-pharmacological interventions in mental disorders: an umbrella review. Neurosci Biobehav Rev. 2022 Aug;139:104743.
・Erickson Duarte Bonifácio de Assis et al. Effects of rTMS and tDCS on neuropathic pain after brachial plexus injury: a randomized placebo-controlled pilot study.January 2022 Scientific Reports 12(1)
・Xiaodong Liu. et al. 
Review of Noninvasive or Minimally Invasive Deep Brain StimulationFront. Behav. Neurosci.,18 January 2022
・Eliclebysson Rodrigo da Silva et al. Effects of Transcranial Direct Current Stimulation on Memory of Elderly People with Mild Cognitive Impairment or Alzheimer’s Disease: A Systematic Review. J Cent Nerv Syst Dis. 2022
・Saviana Antonella et al.  BarbatiTuning brain networks: The emerging role of transcranial direct current stimulation on structural plasticity.Front. Cell. Neurosci., 21 July 2022 Sec. Cellular Neuropathology
・Yiting Shen et al. Repetitive Transcranial  Magnetic Stimulation and Transcranial Direct Current Stimulation as Treatment of Poststroke Depression: A Systematic Review and Meta-analysis Neurologist 2022 Jul 1;27(4):177-182.
・Kun Hu et al. Effects of Transcranial Direct Current Stimulation on Upper Limb Muscle Strength and Endurance in Healthy Individuals: A Systematic Review and Meta-Analysis. Front. Physiol., 09 March 2022
・Qing Li et al. Transcranial Direct Current Stimulation of the Dorsolateral Prefrontal Cortex for Treatment of Neuropsychiatric Disorders. Front Behav Neurosci 2022 May 25.
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. 2024 Mar;30(3):e14645.

更新:2024.9.26

執筆者紹介

清水聖童
ライトメンタルクリニック院長
精神科専門医/精神保健指定医/薬物療法研修会修了/認知症サポート医

 

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